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   <title>栄養ちゃんと摂らねば！</title>
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   <title>第三世界の経済　5</title>
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   <published>2010-09-03T04:48:55Z</published>
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   <summary>第二次大戦後の脱植民地化の過程において興隆をきわめた第三世界のナショナリズムは、...</summary>
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      第二次大戦後の脱植民地化の過程において興隆をきわめた第三世界のナショナリズムは、この先進国の近代化の流れに範をとったといえます。


しかし現在、これらの低開発国は、従来のナショナリズムにすがっていたのでは近代化できないという大きな壁につきあたっています。


ここにおいて、TBN（国際統合）への動きが大きな意味をもってくるのです。


従来の近代化は、国内市場を単位とした近代化でした。


イギリスにせよ、フランスにせよ、近代化とは、それぞれの国内に金融サービス業から、鉄鋼業、化学工業、紡績工業、各種のサービス産業などをワンセット完備することでした。


明治以降の日本の近代化のコースはその典型的な例です。


そして日本の市場は、それらの産業を充分に成り立たせるだけの広さをもっていたのです。


しかし、これからの近代化は、そのように一国内に、自前の産業をすべて完備するという方向には向かわないでしょう。


ブラジルや中国のように、広大な国土と人工を抱える国家なら、巨大な市場の可能性もあり、ある程度は可能かもしれません。


しかし、ニカラグアとかエルサルバドルとか、・コロンビアなどといった国々が、ことごとく鉄鋼業から、自動車産業、造船業、コンピュータ産業などを保有することなどナンセンスでしょう。


      
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   <title>第三世界の経済　4</title>
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   <published>2010-08-13T04:47:40Z</published>
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      19世紀から20世紀にかけて、このナショナリズムというイデオロギーが、なぜ、先進国の近代化に大きな力をもったかというと、それは、20世紀前半までの近代化が、国民市場―国内市場の範囲で展開していたからにほかならないです。


近代国家が成立する場合、日本のように単一民族の場合もあれば、イギリスのように、ウェールズ、イングランド、スコットランド、さらに北アイルランドまでをも含めた連合王国として成り立つ場合もあります。


また、アメリカのように多種多様な移民が創り出したケースもあり、単に民族的な同一性が近代国家の条件とはいいきれないのです。


近代国家の単位とは、民族よりも経済的に共通の市場が成り立つ単位です。


国民市場というひとつの近代化のユニットが成り立つ単位、これが国民国家なのです。


いままで国民国家が存在するがゆえに国民市場があると考えられてきたのですが、実際には、まず単一の市場が形成され、その範囲において国民国家が生まれてきたと考えるほうが、より正確でしょう。


ナショナリズムとは、この国民国家の単位を基盤とした近代化を推進するイデオロギーとして、その意味があったのです。


      
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   <title>第三世界の経済　3</title>
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   <published>2010-08-03T04:46:24Z</published>
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      1983年の4月にローマで開催された日米欧委員会の総会では、ヨハネ・パウロ2世が招待され、講演しています。


その主題は南北問題でした。


広がる南北格差問題に警告を発し、第三世界の経済発展の戦略をともに考えようと訴えています。


そして、このバチカンの&quot;親第三世界戦略&quot;は、その場に出席していた、日米欧委員会の創設者にして、ロックフェラー財閥の総帥であるデヴィッド・ロックフェラー氏の&quot;親第三世界路線&quot;と重複してくるものなのです。


多国籍企業の利益を代表するロックフェラー氏が第三世界の近代化に新しい経済成長のパターンを予見しているように、ローマ法王もまた、第三世界でのカトリックの普及、活発化にバチカンの未来を託しているのでしょう。


これからの開発途上国の近代化を考える場合、非常に大きな意味をもってくるのがリージョナリズム（地域主義）です。


19世紀以来、世界ではナショナリズムが非常に大きな力を占め、20世紀の現在に至っていますが、このナショナリズムは、もはやその歴史的使命を終え、これからの世界はリージョナリズム、地域主義の時代に入りつつあるといえるでしょう。


      
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   <title>第三世界の経済　2</title>
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   <published>2010-07-13T04:45:05Z</published>
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      現在のヨハネ・パウロ2世の言動を分析すると、21世紀に向けたバチカンの戦略が明らかに第三世界を視野に入れたものであることがわかります。


先進国におけるカトリック教徒の信者数は漸減傾向にあり、バチカンとしては新たな活力の源泉を第三世界におけるカトリック教の布教に見出しているのです。


カトリックは欧米先進国とラテン・アメリカを中心とする第三世界にまたがった宗教。


欧米中心のプロテスタンティズムとは、その性格を著しく異にするものです。


たしかに中絶問題などの道徳問題においてはいまだに保守的ではありますが、第三世界問題においては、従来の「カトリックー＝保守」という常識は、もはや当てはまらないでしょう。


ヨハネ・パウロ2世はアジア、アフリカ、ラテン・アメリカを広く訪問し、飢餓、人権、経済発展などの問題に積極的な発言を続けています。


また、カトリック教会内においては、親第三世界的な急進分子(マリノール修道会)をおさえる一方で、頑迷な反第三世界保守派を説得して、その統一を保つことに努力しているのです。


      
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   <title>第三世界の経済</title>
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   <published>2010-07-04T04:43:38Z</published>
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      ラテン・アメリカのカトリシズムの間で、いま最も問題となっているのが「解放の神学」です。


解放の神学とは、現実の社会改革と人間解放に、キリスト教の神髄を見る急進的な社会派神学といえます。


すなわち、彼ら解放の神学派は、原初のキリスト教は、奴隷解放の宗教であり、キリストは貧しい民衆の味方であったということを原点として、キリスト教による民衆の解放を主張します。


この解放の神学に対して、1984年9月、信仰教義聖省(ローマ法王庁内の一機関)のジョセブ・ラッツィンガー枢機卿は「解放神学のいくつかの側面について」という公の声明を発表しています。


その声明は、かなりの反響をカトリック世界で巻き起こしました。


この声明では、バチカンが解放の神学自体を否定せず、その必要性を認めた点が注目されます。


ただし、同声明は宗教と政治の混同、マルクス主義的暴力革命への傾斜には、厳しく批判を投げかけています。


総本山のバチカン自身にしてもローマ法王自らが、第三世界のあちこちを勢力的に訪問して第三世界、低開発国の人権問題、経済開発問題に真剣に取り組んでいます。


バチカンは第三世界の近代化の方向にシフトしつつあるのです。


ローマ法王庁、バチカンは約8億の信者、42万人の神父、98万人の修道女、3700人の司教、130人の枢機卿を統括する一大国際組織です。


      
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   <title>フダンソウとビート・・・その２</title>
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   <published>2010-06-17T09:20:00Z</published>
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      中世になると、フダンソウは当時いちばんよく食べられていたスープであるポレの主要な具となります。

そこからフダンソウの異名であるポワレという言葉も生まれました。

そしてマルシェ・ア・ラ・ポワレ(ポワレ市場)通りにパリ初の野菜市場ができたそうです。

それはパリ中央市場ができる前のことでした。

ついでポワレは青菜いっぱんを意味する言葉になりました。

一方、ビートのほうは、肥大した根の肉が黄色いものと赤いものができるようになりました。

後者の場合、その強い赤は、子房内の胚珠のつきかたが独立中央胎座となっている植物群に特有な窒素を含む色素のせいです。

ビートが属するアカザ科もその植物群のなかに含まれます。

この根の赤いものが食用となるいわゆるテーブルビートだが、ビートにはほかに飼料用ビートやテンサイ(サトウダイコン)があります。

      
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   <title>フダンソウとビート・・・その１</title>
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   <published>2010-06-05T09:19:41Z</published>
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      フダンソウとビート、この二つの野菜は、外観はかなりちがうが、植物学的にみるとたいへん近いそうです。

それは、祖先が同じだからです。

その祖先とは大西洋沿岸と地中海沿岸に自生するシーピートだ。

それを栽培しているうちに二つの植物、すなわち、葉は豊富で根は控えめなフダソソウと、葉のほうは控えめだが根を肥大させるテーブルピート(いわゆるビート)にわかれたというわけである。

いずれも古代ギリシアとローマにすでにあった。

古代ローマの政治家・哲学者のキケロは、フダソソウとモーヴ(アオイ科の草)を煮込んだものを食ぺて十日のあいだ腹痛に悩まされ、友人のガルスにあてた手紙のなかにこう書いています。

「あまりにもひどい下痢ですので、今日はもう、ただ治るのだけを願っているというありさまです。カキやウツボを避けているので大丈夫だと思っていたのに、愚かにもフダンソウとモーヴにやられてしまった!」

ローマの下層民はフダンソゥのスープを頻繁に食べていました。

しかし、プリニゥスによると、医者たちはフダンソウをキャベッよりもずっと質の劣る野菜だと見なしていたそうです。

      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その８</title>
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   <published>2010-05-17T09:19:26Z</published>
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      アスパラガスに含まれる植物繊維は、結腸(盲腸・直腸をのぞいた大腸の大部分)の病気をふせぎます。

これは植物性の食品をおもにとっている地域の人々を対象にして実施された疫学調査によって証明されているものです。

植物性食87品がさまざまな形で癌、動脈硬化、肥満、壮年の糖尿病を&quot;予防する&quot;ことは、栄養学者も理解しはじめていますが、それがおもに繊維の働きによるものであることは確かです。

しかし、ほかの成分も、そうした病気の予防に寄与しています。

たとえば、不飽和脂肪酸がコレステロールやタソニンやフラボノイド類の蓄積を防止するうえで重要な役割を演じていることがわかっています。

野菜をカロリーの面からのみ考えるということも、今日ではまったくなくなりました。

野菜が、健全な消化器をつくるうえで、また、栄養管理の悪さに起因する病気をふせぐうえで決定的な役割を演じていることを、いまでは誰もが知っている事です＾＾


      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その７</title>
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   <published>2010-05-02T09:19:11Z</published>
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      アスパラガスの根は、利尿剤である有名な〈五根のシロップ〉の材料のひとつとなっています。

残り四つの根は、ウイキョウ、野生セロリ、パセリ、モチノキの若木の根です。

アスパラガスは栄養価が低い。

そして、水分に富んでいて、栄養素は少ない。

栄養をとるというより味覚を味わうための野菜です。

そういうわけで低カロリー野菜の代表選手でもあります。

しかし、植物繊維を含んでいるので、それなりの食品価値はあるのでした。

植物繊維とは、植物細胞壁の骨組みを形成するもので、おもにセルロースという多糖類からなり、小腸ではほとんど消化されませんが、大腸の細菌によって悪臭を発するものとなります。

      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その６</title>
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   <published>2010-04-26T09:18:52Z</published>
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      コルネイユの甥にあたる思想家のフォントネルに、こんな話がありました。

おいしいものをたらふく食べるのが大好きという肥満で有名な修道院長を食事に招いたときのことです。

フォントネルはアスパラガスの味つけにフレソチ・ドレッシソグを、修道院長はホワイト・ソースを望み、それに固執しました。

そこで、アスパラガスを二つの山にわけ、ひとつはフレンチ・ドレッシングで、もうひとつはホワイト・ソースで味つけすることにしました。

ところが、こう決められた瞬間、修道院長は脳卒中に襲われて倒れてしまった。

と、フォソトネルはこう叫びながら厨房に向かって突進したという。

「テレーズ、アスパラガスはぜんぶドレッシソグにしろ!」百歳まで生きたというフォソトネルの伝説的な長寿ぶりは、アスパラガスのせいでもあったのではないかと思いたくもなりますが、今日では、アスパラガスは腎臓を患っている者や尿道が過敏な者には勧められる食品ではないと考えられています。

      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その５</title>
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      アスパラガスの栽培種は野生種とほとんど変わらず、品種の数はわずかです。

軽い野菜なので、数分火を通すだけで、その独特の香りを引き出すことができる素晴らしい野菜です。

古代ローマの伝記作家スエトニゥスによると、アウグストゥスは「アスパラガスの調理に要する時間よりも短いあいだに」という言いまわしを好んで用いたといいます。

かつてアスパラガスにはホワイト・ソースかフレソチ・ドレッシングがかけられました。

どちらにするかは食べる者の好みによってでした。

      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その４</title>
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   <published>2010-02-12T10:18:23Z</published>
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      ピザソティン帝国(東ローマ帝国)の首都ピザンティウムで十一世紀から栽培され、十六世紀以降、西ヨーロッパに急速に広まり、一八〇五年にはすでにパリ北西郊のアルジャントゥーユで集約栽培がはじまりました。

季節外にアスパラガスを最初につくったのは、ラ・カンティニーであり、それはルイ十四世の食卓にのせるためでした。

アスパラガスに利尿作用があるかどうかについては、これまではどちらとも言えず、あるということが確認されたことも、その効能が大いに疑われたこともありました。


      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その３</title>
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      プリニウスによれば、この男根を思わせるアスパラガスの形は、催淫作用があることを示すものだが、ディオスコリデスはこれに強く反対しています。

アスパラガスに催淫力があるという説は、いちども証明されたことがなく、きわめて疑わしいものであり、アスパラガスは不妊症の原因となるという説と同じくらい根拠のないものです。

それでも、過激派カトリックの政治・軍事組織である旧教同盟のメンバーたちは、アソリ三世が豪華な宴会をひらいてアスパラガスを供し、それを女性的な寵臣（ミニヨン）たちに食べさせたと言って非難しました。

アスパラガスは威厳に満ちた高貴な野菜です。

中世にはたいして重んじられませんでしたが、エジプトからギリシアを経てローマへと至る古代では、かなりの評判をとり、その名声を伝える物語がいくつも残されました。

      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その２</title>
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      ホワイト.アスパラガスをつくるには、光をさえぎって葉緑素ができないようにしてやらないといけないので、春に土盛りし、土中を伸びてくる若茎を収穫するそうです。

古代ローマの政治家、文人のカトーによると、ローマ人たちは溝のなかでアスパラガスを栽培していたといいます。

この方法は十九世紀までつづいたそうです。

ともかく、アスパラガスは雌株と雄株にわかれ、葉を退化させて葉状枝という特殊な組織に葉の代わりをさせ、大きくなったときには男根のように見える異様な若枝を伸ばすという、風変わりな植物です。

雄羊の角の粉を用いるとアスパラガスがよく伸び上がるという説も、かつて流布したことがあるみたいですよ。

      
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   <title>アスパラガスの珍しい話・・・その１</title>
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   <published>2009-11-13T10:17:31Z</published>
   <updated>2010-07-03T04:56:17Z</updated>
   
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      アスパラガスは生命力の強い植物です。

毎年、春になると、養分を充分にたくわえた太い根をはやす根茎から新芽を出し、多肉の軽い若茎を伸ばします。

この若茎は、象牙色から濃緑へと色を変・兄つつ、鱗状の葉をつくります。

これらの葉は茎にぴったりくっつき、茎の先端をしっかりおおう。

途中で切られることがなければ、茎は一メートルから一．五メートルの高さに達し、細かく分枝します。

この先のほうの小枝は、植物学者が葉状枝と呼ぶ特殊な組織をつけます。

それは深く裂けた葉のように見、兄るが、実は葉ではなくて、細い松葉状の二次的な枝です。

ほんとうの葉は退化して、小さな鱗のようにしか見えません。

退化した葉のついた茎には、雌花か雄花が咲くきます。

雌株には雌花が、雄株には雄花が咲き、両者がひとつの株の上で混ざり合うことは決してありません。

つつましい小さな花で、雌花は美しい漿果をつけます。

それは豆ほどの大きさのもので、熟すと鮮やかな赤となり、なかには黒い種が入っています。


      
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